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明光暁院の沿革

住職 井上宗裕
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平成22年4月
実子(長男)と真言宗単立寺院を設立する為、池田市石橋に3階建ビル(明光暁ビル)を購入。


平成24年3月
実子(長男)高野山大学卒業


同年10月
実子(長男)高野山真言宗僧侶資格取得


同年11月以降
明光暁院僧侶として入籍した実子(長男)と共に真言宗単立宗教団体寺院として星供養、護摩祈祷、先祖ならびに水子供養を主体とした運営を明光暁ビルにて開始。


平成28年11月
井上裕章(現、宗裕)本人は、ダライ・ラマ14世猊下より身体曼荼羅の潅頂等を授与。


令和2年10月
実子(長男)と井上裕章(現、宗裕)本人とで法人を設立し真言宗三大本山の一つと直接契約成立(現在に於いても継続)


令和元年10月
井上裕章(現、宗裕)本人は、西国33箇所観音霊場会(日本遺産に認定)より公認特認大先達の称号を授与。


令和元年11月
井上裕章(現、宗裕)本人、洛陽33箇所観音霊場会より公認特認大先達の称号を授与。


令和7年1月
実子(長男)が真言宗本山との活動を主体にする為に明光暁院を退籍。
その後、井上裕章(現、宗裕)本人は真言宗最明寺末寺明光暁院の住職となる為に伝法阿闍梨より四度加行を受ける。


令和7年7月
井上裕章本人は大阿闍梨から伝法潅頂をうけ阿闍梨井上宗裕となり、それと共に明光暁院(真言宗皐月山慈母観音寺明光暁院)は真言宗最明寺の末寺となる。


※当院の本寺の真言宗最明寺について
地元では地域密着の昔からある750年前からの伝統的な寺院として存在
・弘安3年(1280年)設立(鎌倉幕府執権、北条時頼公との関わりが伝わり時頼公が寺名、本尊、土地を寄贈したという縁起書が残されています、
・18不動36童子霊場札所として正式に霊場会にて登録されており日々御朱印の参拝あり。
・阿弥陀如来(東北の教主上宮太子自作)を本尊として所有


その後、当院(山)にて引き続き僧籍者2名(阿闍梨)当院にて入山
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ーー寺院と付随した他の取り組みーー 
井上裕章(宗裕)は当寺院にて、これまでの活動に加えて主に難病等の護摩祈祷をすることにより医療に関心を持ち、知識を学ぶ。 
同人は以前より保険医療を終えた癌などの末期患者さんに対して精神の緩和ケアー並びに保険外治療の各紹介等について各医療機関と連携して実施していた。 
後に、総合医療法人(日本総合健診医学会指定施設並びに健康評価施設査定機構認定施設認定の医療法人)より、医療コーディネータとして認定される。 
現在は同院愛成クリニックの理事に就任し、運営を補う傍ら医療コーディネーターとして癌や難病、最近ではALS患者さんへの保険外治療補助や治療開発等に携わり、患者さんと共に難病に向き合っている。

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